細かい随筆がたくさん入っていて、おばあちゃんの引き出しを開けたような感覚。
著者本人も気づいたら溜まっていて一冊の本になったと語る。
父露伴先生に教え込まれた掃除の話が一番感銘を受ける。
掃除で使う「水」について。
今はバケツに水を入れて雑巾を絞って廊下を雑巾がけするなんてこと、なかなかしないけれど、当時はそれが普通であった。
その際の雑巾の扱いである。バケツへは水は多すぎず、汚くなったらこまめに変える。雑巾はもちろん固く絞る。
その後である。その水に濡れた手をどうしているか?である。
意外とポタポタとそこいらへんにこぼしていやしないか?
その滴の痕は意外と目立つのだ。そこに気づく人もいるのだ。
ほほう、となる。
全ては、気を使うかどうかなんだと。
全然話が変わってしまうが、わたしは幼い頃祖母に銭湯の入り方を教わった。
体を洗う時水を跳ね飛ばさない、使った桶は垢をきちんと落としてかたす、脱衣所へ上がる前に体を拭く
当たり前のことかもしれないけれど、やっぱり教えてもらわないとできなかったかもしれない。
特に今は家庭に風呂があるのが当たり前で、温泉へ行くと、わたしは昭和一桁のおばあさんのように閉口してしまったりする。
でも、全ては気を使うかどうかなんだ。
次に入る人のため、後ろで体を洗う人のため。
そういう細かな気遣いができる大人でありたいと思う。
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Ai Yonekura