出稼ぎ労働者たちに混じって肉体労働に従事するうち、労働者階級のあまりの冷遇に徐々に憤りを募らせる国男。一方で、労働者たちの間でもヤクザ崩れの者にイカサマ賭博でカネをいいように吸い上げられ、底辺を這いずるしかない者たちはやがてヒロポンなど刹那的な快楽へと身を落としていく姿を見、すべての原因はオリンピックに象徴されるエセブルジョワジーにあるとしてテロを計画していく。
昭和39年は学生運動などもまだ続いていたり、マルクス主義に代表される極左勢力が幅をきかせているなど、今の日本からすると考えられないような雰囲気にあったようだ。一方で、格差が大きくなったとはいえ、当時の東京と東北の圧倒的な格差に比較すれば、現代の格差はそれほどでもないのではと感じてしまう。東京はオリンピック景気に浮かれ、華やかな都会へと変貌しているのに、東北・秋田は電気すらままならず、人々は食うのがやっとという生活を強いられていた。こうした背景も、主人公が極左テロに走ろうと考えた一端になっているようだ。
その主人公・国男と追い詰める警官・昌夫、国男の同級生らが入り乱れる物語は、オリンピック開会式までもつれ込み、ついに開会式会場にて最後の戦いが始まることになる。
結末はほぼ途中から読めてしまうが、そうであって欲しくないという思いに駆られながら最後まで読み進み、しかし結末が思い描いたとおりに落ち着くことで幕を閉じる。体制に逆らおうとした一人の学生の反乱は、歴史に刻まれることなく忘れ去られていく。
人の命の軽重、マスコミによる情報操作、地域間格差など様々な問題を昭和39年という舞台を借りながら、現代にも通じるものとして描ききった意欲作であることは間違いない。
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Atsushi Egi